JOURNAL
“ちゃんとしなきゃ”から少し離れて、高松で Setovira をひらくまで
Journal / 2025-11
次男の里帰り出産と、実家での 5 ヶ月の暮らしを経て、家族システムの中で育ってきた「ちゃんとしなきゃ」の正体に少しずつ触れました。その気づきから、高松という土地で Setovira をひらくまでの心の流れを言葉にしてみます。
最近ようやく、
「ちゃんとしなきゃ」とずっと自分を叱っていた声は、
ほんとうの自分だけのものではなくて、家族の歴史から受け取った声でもあったんだ。
と気づけるようになりました。
その少し手前で、高松に引っ越し、
海のそばで Setovira をひらくことを決めました。
今日は、「ちゃんとしなきゃ」の正体に触れたことと、
そこから見えてきた Setovira のかたちについて、はじまりのメモとして残しておきます。
“ちゃんとしなきゃ”の正体
わたしはずっと、「ちゃんとしないと」と肩に力を入れて生きてきました。
- ちゃんと子どもにご飯を食べさせないと
- ちゃんと家をきれいにしておかないと
- ちゃんとした格好で行かないと
- ちゃんと仕事の成果を出していないと
そうしないと、
「いつか大事なものを失ってしまうんじゃないか」
そんな漠然とした不安が、いつもどこかにありました。
母親になってから、その声はさらに大きくなりました。
よく言えば責任感、でも裏側には「怖さ」や「恥ずかしさ」が貼りついていたと思います。
実家での 5 ヶ月と、家族システムという視点
次男の出産のために、実家で約 5 ヶ月を過ごしました。
親には本当にたくさん助けてもらいました。
家事も育児も、物理的なサポートは十分すぎるほど。
それでもふとした瞬間に、エネルギーがふっと下がってしまう感覚が何度もありました。
- 実家のペースに合わせること
- 家族のバランスを壊さないように気を遣うこと
- みんなの機嫌をなんとなく読み取りながら動くこと
どれも大事なことのようでいて、
自分の神経がじわじわと削られていくような感じがしていました。
心理師として、コーチとして、
「これはどこから来るんだろう?」とずっと考えていて、
あるときようやく
ああ、これは“わたし個人”の問題というより、
家族システムの中で育ってきたパターンなんだ。
と腑に落ちました。
親世代も、そのまた親世代も、
違う時代や環境の中で、それぞれ痛みや不安を抱えながら生きてきた人たちです。
- 「ちゃんとしていないと責められる」
- 「感情的になられる前に、自分が我慢しておこう」
- 「波風を立てないほうが安全だ」
そんな暗黙のルールが、言葉にならないまま家族の空気に混ざり、
知らないうちに、わたしの中にも染み込んでいました。
だから実家にいるとき、
何かを決めるたびに「ちゃんとしなきゃ」が顔を出していたのだと思います。
高松に引っ越して見えてきたもの
里帰りを終えて、家族で高松に移ることにしました。
海の近くで暮らすようになり、
毎日の風景が少しずつ、心の余白をつくってくれています。
- 朝の光の入り方
- 商店街を歩く人のスピード
- 港に並ぶ車とフェリーのアナウンス
- 夕方の潮の匂いと、子どもたちの声
そんな一つひとつが、
「ちゃんとしなきゃ」とつぶやく声のボリュームを、
少しだけ小さくしてくれているような気がします。
距離ができたことで、
家族システムの中にいた自分を、
すこし客観的に眺められるようになってきました。
どの声を手放し、どの声を残していくか
家族から受け取ったものは、しんどさだけではありません。
- 子育てを手伝ってくれる大きな手
- 「体がいちばん」と何度もくり返してくれた言葉
- どんなときも「あなたならできる」と背中を押してくれたまなざし
そういう温かさも、たくさん受け取ってきました。
だから今は、
どの声は、これからのわたしを支えてくれるのか
どの声は、もうそっと手放してもよさそうか
を少しずつ選び直している最中です。
- 「ちゃんとしていないと愛されない」という声は、もう卒業したい。
- 「不完全なままでも、いまの自分で関わってみる」という声は、これから育てていきたい。
そんなふうに、心の中のボリューム調整をやり直している感覚があります。
Setovira を通して、どんな場をひらきたいか
こうした気づきは、そのまま Setovira の哲学にもつながっています。
わたしが Setovira でつくりたいのは、
「ちゃんとしなきゃ」という声と、
「ほんとうはこうしてみたい」という声を、
安全に並べて眺められる場所
です。
- 経営・マネジメントのプレッシャーの中にいる方
- 育休・復職・転職など、大きな変化の渦中にいる方
- 家族の期待や役割の中で、自分の気持ちが見えなくなっている方
そういう方たちが、「ちゃんとした答え」を探すのではなく、
自分で舵を握り直していくための対話の場 をひらいていきたいと思っています。
そのために Setovira の 1on1 では、
- いま感じていることを、評価せずにそのまま言葉にしてみること
- その背景にある家族システムや役割のパターンを、一緒に見つめ直すこと
- そのうえで「これからどうしたいか」を、自分のことばで決め直すこと
を大切にしていくつもりです。
AI と一緒に、「声」と「構造」を整える
もう一つ、大事にしたいテーマが AI との協働 です。
AI は、感情のケアをしてくれる存在ではありませんが、
思考を整理したり、言葉を並べたりすることはとても得意です。
Setovira では、
- セッションのあとの A4 メモの下書きを AI に手伝ってもらう
- 気づきの断片をテキストで残しておき、あとから一緒に眺め直す
- 自分の「パターン」や「大事にしたいこと」を、構造として見える化する
といったかたちで、AI を 「整理と記録の補助」 として使っていきます。
「ちゃんとした記録を残さなきゃ」と構えなくても、
ぽろっと出た一言が、AI の力を借りて、
あとからもう一度ていねいに拾い上げられるように。
そんな使い方を、クライアントさんと一緒に試していきたいです。
これからの Setovira と、わたしの願い
高松での暮らしは、まだ始まったばかりです。
- 子どもの寝かしつけのあとに、静かな時間を見つけること
- セッションの日と家族の予定のバランスを整えること
- 自分の「ちゃんとしなきゃ」スイッチと付き合い続けること
どれも、まだうまくいったりいかなかったりの途中です。
それでも、
「完璧な自分になってから場をひらく」のではなく、
「不完全なままでも、いまの自分で一緒に考える」
そんなスタンスで Setovira を続けていきたいと思っています。
このジャーナルは、そのための はじまりの宣言 のようなものかもしれません。
「ちゃんとしなきゃ」から少し離れて、
でも、大切なものからは目をそらさずに。
高松というゆっくりしたリズムの中で、
Setovira を、わたし自身も含めたみんなのための
静かな港のような場所として育てていけたらうれしいです。